このページでは、Osaka-Child Rebirth Labの支援者である中島ルカのこれまでの歩みと、支援に込めた想いをご紹介します。
臨床心理士として「ココロの深層」に触れ、
理学療法士として「カラダの声」に寄りそいながらも、
制度や肩書きに依存しない支援のあり方を模索してきました。
名前や肩書きではなく、「かかわり方」で信頼される支援者を目指して。
その背景にある人生観や、弊社設立にこめた願いをお伝えします。
中島ルカとは|ココロとカラダの両面から寄りそう支援者です
はじめまして。中島ルカと申します。
このサイト「Osaka-Child Rebirth Lab」では、
40代女性の方々を中心に、
- 人生の再出発
- 親子関係の見直し
- ココロとカラダの不調との向き合い方など
深くていねいなサポートを提供しています。
わたしは、これまで
臨床心理士として「ココロの深層」に向き合う支援を、
そして
理学療法士として「カラダの痛みや感覚」
に
寄りそう医療支援を行ってきました。
そして今は、その両方の経験を統合し、
「ココロとカラダ、そして関係性」に同時にアプローチできる支援
を届けています。
心理の世界では、言葉にならない孤独や葛藤に触れることが多くありました。
いっぽう、理学療法の現場では、
- 動かない身体
- 原因のわからない痛み
- 突然の不調
に困惑する方々と向き合ってきました。
けれどわたしは、どちらの場面でも共通して、
「その人の奥にあるほんとうの声を聴く」ことが支援の出発点になると感じています。
ココロとカラダは切り離されたものではなく、
どちらかが乱れると、
もう片方にも影響が出る。
そしてその背景には、
- 家庭の中での役割
- 親との関係
- 社会的な期待
- 過去の出来事など
が静かに影を落としていることもおおいものです。
「中島ルカ」という名前はペンネームです。
ですが、
わたしにとっては本名と同じくらい大切にしている、
支援者としての「生き方」を象徴する名前です。
顔や肩書きではなく、
かかわり方と言葉で信頼される支援者でありたい
という願いから、この名で活動しています。
このページでは、
そんなわたしの
- これまでの歩み
- 支援に込めた想い
を少しずつお話ししていきます。
あなたがどこかで
「似たような気持ちを持っていた」と感じてくださったなら、
これからの文章が静かに寄りそう存在になれたらと願っています。
臨床心理士としての原点と、「更新しなかった」理由
わたしが支援者としての歩みをはじめたのは、
臨床心理士の資格を取得したことがきっかけでした。
大学では経営学、大学院で心理学を学び、
教育機関や医療機関、家族支援の現場で、
たくさんのご相談に向き合ってきました。
心理士として活動していた当時は、
- 「正しい知識」
- 「理論的な理解」
が重要だと信じていました。
ココロのメカニズムをていねいに説明し、
相談者のかかえる苦しみにたいして、
専門的に整理された言葉で応答する──。
けれど、ある時から、
そうした対応が
どこか「型通り」になっている自分に気づくようになりました。
臨床心理士という資格は、
5年ごとに更新する必要があります。
学会への継続的な出席や研修の受講が義務づけられており、
制度としては「支援者の質を保つため」とされています。
でもわたしは、
学会に出席するたびに、
そこで交わされる言葉や空気が、
現場の苦しみとは少しずつ乖離していく感覚を
覚えるようになりました。
そこには「制度を守るための正しさ」はあっても、
「目の前の声をどう受けとめるか」という誠実さが、
薄れているように感じたのです。
わたしがささえたいのは、
制度の中の「対象」ではなく、
生活の中で孤立し、
言葉にならない苦しみを抱えている「ひとりの人」でした。
だからわたしは、あえて更新を選びませんでした。
それは、
臨床心理士という専門性を否定したのではなく、
資格という枠組みに依存せずとも、
信頼関係と実践で支えつづけていけるという信念のあらわれ
です。
支援は、理論や肩書きで行うものではなく、
「いま、この人と、どうかかわるか」という関係の中にしかありません。
その原点にもどるために、
わたしは「更新しない」という静かな選択をしました。
今もわたしは、心理学的な知見を深く活かしながら、
しかしそれに縛られず、
対話と経験から生まれる支援
を何より大切にしています。
理学療法士として、カラダと感情のつながりに気づく
臨床心理士として制度の枠を離れたあと、
わたしはふたたび「支援とは何か」を探すようになりました。
そのとき自然とココロが向かったのが、
カラダをつうじた支援
の世界でした。
心理支援の現場では、
- 言葉が出ない
- 感情が動かない
というクライアントと多く出会ってきました。
ココロの中に何かがあるのは分かるのに、
それが表現されない。
そんなとき、
わたしは
「もしかすると、ココロよりも先に『カラダ』が閉じているのかもしれない」
と感じるようになったのです。
わたしは大学院で学び直し、
研究をつうじて理学療法士の資格を取得しました。
そして、
- 急性期病院
- 回復期病院
- 在宅訪問リハビリなど
カラダに直接かかわる現場で経験を積んでいきました。
医療の現場では、
日常的に
- 「原因のわからない痛み」
- 「治療が終わっても消えない不調」
に出会います。
そしてその背景には、
- 仕事のストレス
- 家庭の役割
- 過去のトラウマ
そして「もうがんばれない」という
ココロの悲鳴がかくれていることが多くありました。
- 「動けない」
- 「息が浅い」
- 「力が入らない」──
そうしたカラダのサインの中に、
わたしは「語られなかった感情」を見つけていきました。
理学療法士としてはたらく中で確信したのは、
カラダはココロよりも正直で、嘘をつかない
ということです。
そして、身体にアプローチすることは、
ココロに直接触れずとも深い部分に届く支援になる
という実感も持てるようになりました。
いま私が行っている支援は、
「心理」か「身体」か、という二項対立を超えたところにあります。
カラダの調子が悪いとココロがしずむように、
ココロが傷つけばカラダは緊張や不調を起こす。
そのどちらかだけを支えるのではなく、
「その人全体」を見て、かかわっていく支援が必要だ
とわたしは考えています。
この実感が、現在の統合的な支援スタイルの土台になっています。
なぜ「中島ルカ」という名前で活動しているのか
「中島ルカ」という名前は、
わたしの本名ではありません。
けれど、私にとってこの名前は、
「支援者としての生き方」そのものを表す、大切な名
です。
支援の世界では、
本名や顔写真を公開するのが信頼の証とされる場面
が多くあります。
けれど私は、
- 「本名だから信頼できる」
- 「顔を出しているから安心」
という構造そのものに、
ずっと違和感を抱いてきました。
わたしは、
名前や肩書き、肩の力を抜いたほうが、人と人は本音で向き合える
と感じています。
支援においてもっとも大切なのは、
支援者がどんな人間であるかという「本質」であり、
見た目や学歴や肩書きではなく、
「どんな姿勢で、どんな言葉で、どんなふうに寄りそうか」
だと考えています。
もちろん、
名乗るという行為には責任がともないます。
だからわたしは、
「中島ルカ」という名前で生きていく覚悟を持ち、
この名に恥じぬよう、
ていねいに言葉を紡ぎ、かかわりを重ねています。
本名を出さない理由は、
「かくしている」からではありません。
それはむしろ、
「評価されることより、安心して話せる場をつくること」を
重視した結果です。
名前を前に出すことで生まれてしまう
「権威性」や「距離感」よりも、
「名前のない場所」だからこそ、安心して自分のことを語れる空気
を守りたい──そんな想いがあります。
「この人がどういう名前であれ、話してみたいと思える」
「この人なら、少し本音を出せるかもしれない」
そう感じていただけることが、
わたしにとっては何よりの信頼のかたちです。
支援とは、情報を開示し合うことではなく、
信頼を育てていくプロセスです。
わたしはこれからも、
「中島ルカ」として、信頼される関係の中で支援をつづけていきます。
Osaka-Childを立ち上げた理由|制度の外にこそ支援が必要だった
心理士として、そして理学療法士として、
わたしは長く制度の中で支援をつづけてきました。
医療、教育、福祉──
いずれの領域も、それぞれの役割を持ち、
困っている人を支えるしくみを整えています。
けれど、そうした制度の「枠」の外にこそ、
もっとも支援を必要としている人が取り残されている現実
を、わたしは目の当たりにしてきました。
とくに、40代の女性たちの声は、
どこにも届かず、
だれからも見えにくいままになりがちです。
- 子育てや夫婦関係
- 親との葛藤
- 自分の人生の手応えのなさ──
だれかに相談しようにも、
- 「まだ大丈夫でしょ」
- 「あなたががんばれば済む話」
そう片付けられてしまう。
けれど、そうやって「まだ大丈夫なふり」をしながら、
もう限界ギリギリで生きている人
がほんとうに多いと感じました。
そのような現実に向き合う中で、
わたしは
「今ある制度の中では、この声はすくい上げられない」と確信しました。
だからこそ、
制度から少し離れた場所で、
もっと自由に、実践的な支援を届ける場が必要だ
と感じたのです。
こうして立ち上げたのが、
Osaka-Child
です。
この法人では、
国家資格や学会の承認ではなく、
実際の支援経験・身体感覚・心理構造・対話の積み重ねをつうじて、
ほんとうに必要なことを
「一人ひとりに合った形で」届けることを目的としています。
提供している支援プログラムも、
- 「うつ」
- 「育児」
- 「セクシュアリティ」
- 「夫婦関係」
- 「親子の再統合」など
いずれも制度の中では
「曖昧にされやすい領域」ばかりです。
でも、
人生の根っこを揺らしているのは、まさにそこなのです。
わたしは、制度や肩書きに頼らなくても、
人は人をささえることができると信じています。
そしてそれを、
形として社会に示すために、この法人を立ち上げました。
- 「ここに話していいんだ」
- 「わたしの声が、ちゃんと届く場所がある」
そう思ってもらえる空間と関係性をつくりたくて、
いまこのサイトを運営しています。
名前ではなく「かかわり方」で信頼されたい
わたしがこれまでえらんできたすべてのこと──
- 資格の更新をしなかったこと、
- 本名を出さずに活動していること、
- 制度の外で支援を続けていること──
それらはすべて、
「信頼とは、名前や肩書きではなく『かかわり方』で築くものだ」という信念にもとづいています。
もちろん、資格や制度がすべて悪いわけではありません。
それらが必要な場面もありますし、安心感につながることもあるでしょう。
けれど私自身がこれまで出会ってきた方々は、
「どんな肩書きの人が対応したか」ではなく、
- 「どんなふうにかかわってもらったか」
- 「どんな言葉をかけてもらえたか」
によって、ココロが動いてきたように思います。
わたしは、あなたの過去をジャッジしません。
今の状態を「こうあるべき」と矯正することもしません。
ただ、いまここで、あなたが感じていることや、
だれにも言えなかった思いにたいして、
まっすぐに、誠実に、耳を傾けることを約束します。
情報や理論で圧倒するのではなく、
静かに、深く、あなたの言葉に付きそう。
ときにはカラダの違和感や眠れない夜の苦しさにも、
目をそらさずにかかわる。
そのすべての関係性が、
- 「わたしは一人じゃない」
- 「また少しすすんでみようかな」
と思える力に変わると、わたしは信じています。
このページをここまで読んでくださったあなたの中にも、
きっと何か、再出発への感覚が芽生えはじめているのだと思います。
わたしができることは多くありませんが、
もしあなたが「話してみたい」と感じてくださったなら、
ぜひ一歩、つながってみてください。
あなたの人生の「再統合」を、そっとささえる伴走者として、
中島ルカはここに在りつづけます。